実話:2年半をかけて見つけた起業家型ビジネス


今日は、ガーバーの書籍(未翻訳)から抜粋して、とあるストーリーをご紹介させていただきます。

主人公が職人型ビジネスから起業家型ビジネスへと変革する、非常に示唆深いストーリーです。

このストーリーは、以前開催していた経営者向け研修「ドリーミングルーム」の中で、補助教材として使っていたものです。

ただ、現在はドリーミングルームがリニューアル準備中で、日の目を見ることが無くなってしまったので、特別にメルマガでご紹介させていただきます。

ドリーミングルームにご参加されて既にお読みになった方も、ぜひもう一度読み直して、新しいヒントを見つけていただければと思います。

タイトルは、「マリノ・サントス物語」です。

(ちなみにほぼ実話となっています)

以下からどうぞご覧ください。

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マリノ・サントスは毎日仕事に行くのに黒の服を着ていた。彼は赤のスカーフをつけており、それが黒髪にマッチしていた。

マリノ・サントスは黒が好きだった。彼にとって、黒はマスタリー(達人)であることの象徴であり、真剣さを表し、同時に危険さも表現していた。

黒はマリノ・サントスを世の中で彼を際立たせる色であった。黒は彼にとってのシールドになっていた。一方で赤はマリノ・サントスの心を表していた。彼の赤いスカーフは情熱の象徴であり、彼の人生の中で、心の中で絶え間なく燃える炎のようなものだった。

黒い服は、“自分は際立っている”と言い、赤いスカーフは“今にも爆発しそうだ”と言っているようなものだった。

実際のところ、彼は毎日の仕事で燃えていた。それは彼が本来持っている仕事に対する姿勢だった。マリノ・サントスは建造物の骨組みを作る人だった。彼と彼のスタッフはカリフォルニア、アリゾナ、ネバダ、コロラドなど、仕事があるところならどこでも、骨組みを作る仕事をしていた。

彼らを雇うゼネコンの間では、サントス・クルーとして知られていた。彼らは自分たちが中小企業であるものの、”オンリーワンの存在“であると認識していた。

現場にいるとき、彼らは他のメンバーたちとは一線を画していた。スターがそうするように、休憩時間には彼らだけでコミュニティを作り、静かに彼らの中だけで会話をしていた。しかしひとたび仕事に取り掛かると、そんな状況は吹き飛んだ。

彼らのハンマーはうなりをあげてたたきおろされ、あっという間に壁が出来てしまうのだった。コンクリートの塊から、次々と住宅が出来上がっていくようだった。その中心にいるマリノ・サントスは声をあげて、スタッフたちをリードしていた。マリノ・サントスのスタッフたちにとって、毎日の仕事はパフォーマンスをしているようなものだった。そのお陰で彼らの名前は広く知れ渡っていた。それが彼らの生きる道だった。

7月中旬のある水曜日の朝、マリノ・サントスは仕事に行くため、バーストー(地域名)に向かって時速150キロで車を走らせていた。突如タイヤが吹き飛び、彼の車は5回転ほどしてようやく止まった。ハイウェイパトロールが彼を発見するまで、彼は13時間もの間、背中を怪我したままでトラックの傍に横たわっていた。

彼が生き延びたのは奇跡のようなものだった。しかし彼はもはやこれまでの仕事を出来なくなってしまった。

彼のような人物がもう骨組みを作ることが出来なくなったらどうなるだろうか?

まして彼のように名前が知られている人物だったら?

スターがその突出した能力を奪われてしまったら?

身体を使って生計を立てている人が、もう身体を動かすことが出来なくなったら?

もし企業が優秀な人材を突如失ってしまったら?

最初の6ヶ月間、マリノ・サントスは飲んだくれるしかやることがなかった。彼は朝起きるなり飲んだくれていた。そして夜まで飲んでいるばかりだった。

彼のスタッフは毎日やってきたが、スタッフは彼のそんな姿を見るのが嫌だった。彼らはマリノ・サントスの近くに座り、何もしゃべらなかった。彼らはもう二度と元のようになれないことを恐れていた。彼らはマリノ・サントスと一緒に音楽を楽しみ、お酒を飲んでいた。彼らに出来るのはそれくらいだった。

しかし、そんな日々も終わりを迎えた

ある日、彼はスタッフを呼び出した。

“みんなに謝りたい。”

彼は言った。

“過去の6ヶ月間のことではない。酒びたりになったことでもない。それは仕方が無かったのだ。私が謝りたかったのは、骨組みを作る仕事について。そして自分の身体に対する考えについてだ。私が馬鹿だったことを謝りたい。もう馬鹿なことはやめる。いまが新しいビジネスを始めるときだ。”

マリノ・サントスは新しいビジネスがどんなものかは気にしなかった。ただ、それは建築に何かしら関係のあるものだろうということ以外は。

建築は彼にとっての生きがいだった。彼は木の香りが好きで、何もないところから一夜にして何かが出来上がるのを見るのが好きだった。彼は建築が世の中に対して何かしらの影響を与えることが好きだった。それらは何年経っても見ることが出来、触ることが出来るのだ。

建築であることは間違いなかったが、どんな種類の建築かは問題ではなかった。

ただし次のことを除いて。

彼の新しいビジネスは、彼の古いビジネスと同じように、彼の周りの人たちに影響を与えるものである。

しかし新しいビジネスは彼や彼のスタッフの身体的な能力に依存することがない。新しいビジネスは彼らがいなくても運営されるものである。

最初、彼のスタッフは意味が理解できなかった。彼らはいつも身体を使って働いていた。彼らは身体的な能力に自信を持っていた。そのように働かないということの意味がわからなかった。彼らは身体を使って働く楽しみを見出し、コンクリートの塊から壁を作り上げることで働き甲斐を得ていた。

そのようなことをもうやらないというのは、彼らにとって悲しいことだった。

しかし彼らはマリノ・サントスを慕っており、尊敬していたので、彼の話に耳を傾けた。そして徐々に、マリノ・サントスの言っていることは、彼らから何も奪わないどころか、彼らがこれまで得ることの出来なかった、新しいことを与えてくれると気が付いた。

たくさんの会話の中でマリノ・サントスはこういった。

“私たちは働けなくなるまで、生活のために働かないといけない。

彼は自分が証だというように、腕を広げた。

または私たちは自分たちのために働いてくれるビジネスを築く方法を見つけることも出来る。私たちは自分たちのような人間がいなくても、出来る方法を探さないといけない。私たちのような世の中で特殊な人間がいなくても出来るビジネスを築かないといけない。

私たちをユニークにしているのは、高いプライドであるが、それを普通の人、それを元々持ち合わせていない人にも与える方法を学ぶ必要がある

彼らが私たちの会社にいる限り、私たちと同じような人間になれるようにしないといけない。それが我々から彼らへの贈り物だ。それをやる方法を探さないといけない。

私たちのビジネスは世界のほかのどこでも手に入らないものを彼らに与える。結果として、彼らは私たちの会社にとどまってくれ、私たちのビジネスは繁栄する。これが彼らから私たちへの贈り物だ。”

マリノ・サントスはしばし間をおくと、スタッフの目を見渡した。

“みんな、これはリスクのあるベンチャーかもしれない。これが上手くいくかどうか、知る方法はない。しかし、私の心はこの道に従えと言っている。”

いつものように、彼らの心がひとつになると、マリノ・サントスと彼のスタッフは真剣に新しい道へと歩き出した。マリノ・サントスの指示にしたがって、スタッフは各自、建築業界の中で、どこに進むべき道があるかを探し始めた。

彼らは建築業界を新築、改築、商業用、住居用などにセグメント分けした。さらにそれらをパーツに分け、どの部分に最も見込みのあるビジネスがあるかを探し始めた。

マリノ・サントスはスタッフに、時間をかけても良いといった。重要なのは時間ではなく、正しい選択だった。彼らに彼らの目的を達成させてくれるような、すばらしいセグメントを選択することだった。

そのセグメントは経済の状況に関わらず、成長傾向にある必要があった。同じ仕事の繰り返しであり、始めたり管理するのに多額の資金が必要なく、他の建築会社とは独立して運営でき、ゼネコンなどに依存しないで出来るセグメントである必要があった

マリノ・サントスのキッチンが彼らのオフィスになった。毎晩、彼らはビールを酌み交わしながら状況を報告しあった。

最初、議論は白熱した。各自、他のメンバーが出した結論とは異なる結論を出したがった。しかし徐々に彼らは賢くなり、結果について慎重に考え始めた。議論は徐々に落ち着いてきた。

2年半の間、リサーチや計画に没頭した結果、彼らは遂に決断を下した。

 

>>彼らはどんなビジネスを発見したのか?

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清水直樹

清水直樹

一般財団法人日本アントレプレナー学会代表理事 大学卒業後、マイクロソフト日本法人に入社。その後独立し、海外不動産の紹介会社を起業した後、携帯電話普及の波に乗る形で、モバイルコマース事業の創業メンバーとして参加。上場を目指すが経営メンバー同士の空中分解によって頓挫。その後、海外の経営ノウハウをリサーチし続け、2011年に世界No.1のスモールビジネスの権威、マイケルE.ガーバーと出会う。同氏の日本におけるマスター・ライセンシーとなり、2013年には日本初のE-Myth社認定コーチ(E-Myth社はマイケルE.ガーバーが創った世界初の中小企業向けビジネスコーチング会社)になる。現在は、日本の中小企業がワールドクラスカンパニーになるための支援活動に力を注いでいる。