「起業家精神に火をつけろ!」を読み解く その1


本号からガーバーのもう一冊の本、「起業精神に火をつけろ!」の解説をしていきたいと思います。

この本、大きく分けるとパート1とパート2に分かれています。

パート2は、ガーバーの会社が提供していたコーチングプログラムの一部が抜粋されています。

パート1は、前作に登場したサラとのやり取りの続きになっています。

このうち、どちらかというとパート1のほうがおもしろいです。

パート1はガーバーの「起業精神についての考えが記載されています。これは前作にはなかった内容です。

なぜガーバーがこの2冊目を書いたのか?

ガーバーは、コーチング会社を起業し、数多くの企業を仕組み化し、成功させてきました。

しかし一方、彼自身が高齢になるにつれ、何か物足りないものを感じ始めたのです。

自社のクライアントは成功しているように見えるけれど、何か欠けている。

その欠けているものは何なのか?を追求していくと、経営者に「起業精神」が欠けていると気が付いたのです。

クライアントは仕組み化して自由になり、経済的にも成功した。しかし、仕組み化してそこそこの会社を作るだけでは世界は変わらないと気付いたのです。

ガーバーが常々モデルとしていたレイ・クロックは、たしかに会社を仕組み化して成功しましたが、彼の根底には起業精神がありました。

ガーバーは、もともと、その起業精神を経営者に伝えていきたかったのですが、彼の作ったコーチングプログラムや書籍(はじめの一歩を踏み出そう)では、それが伝わらなかったのです。

そこで、2000年代に入り、彼は自分が作った会社を離れ、起業精神を伝えるための新しいビジネスを考え始めます。まさにさっき言った「新しい会社」です。

起業精神に火をつけろ!」は、まさにその過渡期に書かれた本です。

だから前半のパート1は「起業精神についての記述が多くなっています。

その「起業精神」とは何なのか?

それも本書を読み解いていくと理解できるようになります。

では前置きが長くなりましたが、内容に入っていきます。

今日は序文とイントロダクションからの抜粋です。

 

(引用)私にとって、成功や改善とは、私の前に突然現れる祝福や奇跡を受け入れるべく、十分にオープンであり、準備ができていることだった。

→「真っ白な紙と初心者の心」

これがガーバーのプログラムに参加する際の前提条件です。

経営者はある程度売り上げが上がったり、経営の経験が長くなると、どうしても頑固になり、自分の箱の中に入ってしまいます。

やがて”俺流”のやり方に固執します。

他にうまくいっているやり方や、大きな機会があったとしても、目に入らなくなってしまうのです。

そして、自ら可能性を閉じてしまいます。

だから、ガーバーは受講者に対して、”何が新しいことが得られるのか?”という批判的な頭でプログラムに参加するのではなく、開かれた心でプログラムに参加することを要求しています。

 

(引用)一人の会社か、3000人の会社かというのは重要ではない。世界に通用する方法で取り組む決意をすることが重要なのである。

→世界に通用するような会社を作った起業は、最初から世界に通用するような会社を作ろうと思っていた人が多いです。

”散歩のついでに富士山に登った人はいない”

とは、漫画ジョージ秋山が作品の中で紹介した言葉です。

会社もそれと同じです。

ワールドクラスになろうと決めた起業だけが、ワールドクラスの会社を作ることができます。

 

(引用)私たちは起業に関する次のような常識を、何度となく覆してきた。
起業の素質は先天的なものであり、後天的に身に付けられるものではない。
起業の素質に恵まれた人はごく少数である。
起業精神とは科学ではなく、芸術である。
(中略)起業的な会社とは、どんなものだろうか?それは起業的な意識が、すべての従業員に行き渡っている会社のことである。

→ガーバーによれば、起業精神とは、「すべての人に備わっている人格の一つ」です。

だから何かのきっかけでその人格が刺激されれば、起業精神が目覚めるのです。

ガーバー自身、初めての会社を創業する前には、普通の百科事典のセールスマンでした。

それが友人の紹介でシリコンバレーの会社の販売を手伝ったことがきっかけで、起業として成功する道を見つけ出しました。

同じように、あなたの会社の社員にも起業精神が備わっています。

それを刺激し、彼らが自分の持つ能力を発揮できるような会社を作ることがリーダーの大きな役割といえるでしょう。

では今回は以上となります。

次回はパート1に入っていきます。

清水直樹

清水直樹

一般財団法人日本アントレプレナー学会代表理事 大学卒業後、マイクロソフト日本法人に入社。その後独立し、海外不動産の紹介会社を起業した後、携帯電話普及の波に乗る形で、モバイルコマース事業の創業メンバーとして参加。上場を目指すが経営メンバー同士の空中分解によって頓挫。その後、海外の経営ノウハウをリサーチし続け、2011年に世界No.1のスモールビジネスの権威、マイケルE.ガーバーと出会う。同氏の日本におけるマスター・ライセンシーとなり、2013年には日本初のE-Myth社認定コーチ(E-Myth社はマイケルE.ガーバーが創った世界初の中小企業向けビジネスコーチング会社)になる。現在は、日本の中小企業がワールドクラスカンパニーになるための支援活動に力を注いでいる。