盛和塾機関誌95巻の続きとして、2つの対照的な経営発表を読み込んだ。
1社目は、大分の銘菓「ざびえる」を復活させた株式会社ざびえる本舗。
40年の歴史を持つ菓子メーカーが倒産し、地域の銘菓が消える危機に際し、当時55歳だった太田社長が「天命」を感じて立ち上がった事例だ。特筆すべきは、資本金集めの際に、71歳の元事務員が「私も出資させてほしい」と500万円もの大金を出したという事実である。稲盛和夫氏はこれを「善の循環」と呼び、動機が善であれば、周囲の協力を得て不可能が可能になると説いた。一方で、パート社員の比率が高い点に対し、「社員を安んずるために正社員化すべき」と厳しく指摘もしている。
2社目は、株式会社アフリカタロウ。
自分探しの旅でアフリカへ渡り、帰国後にフリーマーケットから年商29億円のアパレル企業へと成長させた江見社長の事例だ。感性と行動力で急成長したが、組織運営は行き当たりばったりであった。これに対し稲盛氏は「フィロソフィだけではやっていけない、組織づくりをしなさい」と、相手の状況に合わせた「対機説法」を展開した。
「心の壁」は雇用形態にあらず
この二つの事例から、私の思考は二つの方向に深まった。
まず、ざびえる本舗の事例における「天命」について。
太田社長が廃業の危機に天命を感じたように、私自身もまた、マイケル・ガーバー(西洋の仕組み)と稲盛・松下哲学(東洋の精神)という、本来交わることのなかった二つの叡智を統合できる稀有な立ち位置にいる。これこそが私の天命であり、これを成し遂げる使命感が、今の私の原動力であることを再確認した。
しかし、稲盛氏の「パートを正社員にせよ」という指摘には、あえて異論を唱えたい。
フィロソフィの浸透のために正社員化が必要という理屈はわかる。だが、現代においては時間的制約などからパートを望む者もいる。本質的な問題は、契約形態そのものではなく、経営者側が「あなたは正社員、あなたはパート」と意識の壁(メンタル・ブロック)を作ってしまうことにあるのではないか。立場がどうあれ、理念を共有することは可能だ。形式的な平等よりも、精神的な統合こそが重要であると私は解釈した。
次に、アフリカタロウの事例。
これはまさにガーバーが警鐘を鳴らす「職人型経営者」の典型だ。クリエイティブな感性(職人)だけで突き進み、管理や仕組み(マネジャー)が欠落している。稲盛氏が珍しく「コンサルを入れてでも組織を作れ」と説いたのは、フィロソフィという「魂」を入れるための「器」が壊れかけていると見抜いたからだろう。
魂は「骨格」があって初めて直立する
ここから導き出される教訓は、「フィロソフィ(魂)は、システム(骨格)という器があって初めて機能する」ということだ。
ざびえる本舗のような「善なる動機」は強力なエンジンだが、それだけでは雇用形態の歪みのような構造的問題を見落とすことがある。アフリカタロウのような「感性の疾走」は魅力的だが、組織図という地図がなければ迷走する。
多くの日本の中小企業は、情熱はあるが「骨格」がない。あるいは、骨格の作り方を知らない。
比喩を用いるならば、「どんなに高潔な精神も、軟体動物のままでは地上を走り続けることはできない」ということだ。背骨(システム・組織図)を通し、筋肉(フィロソフィ)を纏わせることで、企業は初めて自立歩行し、遠くへ行ける。
明日への指針
私は今、この「背骨」を自動的に生成するAIシステムを開発している。
今日読んだ事例は、まさに私が救うべき(あるいは支援すべき)企業の姿そのものだった。多くの社長が、組織作りの方法がわからず、フィロソフィの唱和だけでなんとかしようともがいている。
私が開発しているプロダクトは、単なる効率化ツールではない。日本の多くの中小企業に「近代的な経営の骨格」を与え、その上で「日本的な精神性」を花開かせるための土台である。
明日からの開発において、機能の一つ一つが「職人型経営者の苦悩」を解決する鍵になることを意識し、システムという名の「強靭な骨格」を彼らに届けるために、手を動かし続ける。これは単なるビジネスではなく、私の天命である。
