今日、京セラフィロソフィの「完全主義を貫く」という項目を読み返した。稲盛和夫氏の仕事哲学の根幹、それは「100%でなければならない」という峻烈な姿勢だ。
特に印象的だったのは、若き日の稲盛氏が経理担当者と対立した際のエピソードだ。数字の誤りを指摘された経理担当者が、当たり前のように消しゴムで修正しようとした。その姿に稲盛氏は激怒したという。「間違えたら消しゴムで消せばいい」というその甘い考えが、仕事の質を根底から腐らせるというのだ。
また、「ベスト」と「パーフェクト」の決定的な違いについても語られていた。ベストは他との比較における相対的な最高。しかし、パーフェクトは誰が見ても、どこから見ても「非の打ち所がない」絶対的な状態を指す。フランスのシュルンペルジュ社の社長との対話を経て、この「パーフェクト」こそが社是とされるほどの重みを持っていることに深く感じ入った。
消しゴムを持たない覚悟
この項目を読みながら、胸が締め付けられるような感覚に陥った。なぜなら、自分に最も欠けているのがこの「完全主義」だと痛感しているからだ。
自分はどこかで「要領よく済ませる」ことを良しとしていた。8割程度の完成度でスピードを優先し、残りの2割は後で修正すればいい、あるいは誰かが気づいてくれればいい。そんな「消しゴムありき」の精神が、今の自分の停滞を招いているのではないか。
マイケル・ガーバー氏が説く「インペカブル(非の打ち所がない)」という概念や、トヨタの「自工程完結(後工程に不良品を流さない)」という思想も、すべてはこの一点に集約される。後から検査して弾けばいい、後から上司が直せばいいという考えは、組織全体の生産性を著しく削ぐ。それは「仕事」ではなく、単なる「作業のやり直し」を生んでいるだけなのだ。自分自身のこれまでの仕事も、この無駄な往復によって「ブレイクスルー」の機会を逃してきたのではないか。
ワールドクラスの仕事
「消しゴムを持つ手」は、自分の甘えの象徴である。
最初から一文字、一工程、一ミリの妥協も許さないという姿勢。それは一見、遠回りに見えるが、実は最も速く、最も高い場所に到達する唯一の道なのだ。
完璧主義とは、他人を追い詰めるための道具ではない。自分自身の仕事に対する尊厳を守るための「結界」のようなものである。その結界が破れた時、仕事は単なる「やっつけ」に成り下がり、魂の成長は止まってしまう。ワールドクラスの仕事とは、技術の高さ以上に、その「非の打ち所のなさ」を追求する精神の純度に宿るのだ。
最初から完成品を書く
まずは、目の前の「細部」から変えていく。
AIを使って文章を作成する際も、出力されたものをそのままにするのではなく、一文字一文字が本当に読者のためになっているか、自分の魂がこもっているかを厳格に検証する。
そして、最もおろそかにしがちな「仕事環境」を整える。
デスクの汚れや部屋の乱れを放置することは、自分の心の濁りを放置することと同じだ。今の自分の仕事場は、ワールドクラスの会社にふさわしい空間か? そう自分に問い続け、完璧に仕上げる。
「消しゴムを捨て、最初から完成品を書く」
この覚悟を、明日からの全ての行動に刻み込んでいく。
