今日、『京セラフィロソフィ』を読み、「真面目に一生懸命仕事に打ち込む」という項目について思索を深めた。
稲盛和夫氏の言葉によれば、心からの喜びは遊びや趣味の中にはなく、苦しい仕事の中にこそあるという。仕事とは仏教でいう「精進」であり、心を磨く修行そのものだ。
特にハッとさせられたのは、「そこそこの人物と名人の違い」についての記述である。名人が作り出したものには、作り手の心の状態、いわば「魂」が乗り移っている。逆に言えば、魂が宿るほどの没入と執着がなければ、人は名人の域には達しないということだ。
遊びの記憶は薄れ、仕事の「震える喜び」だけが残っている
この一節を読み、過去の自分を走馬灯のように振り返ってみた。そこで気づいたのは、残酷なまでの事実だ。
友人と旅行に行ったり、夜通し飲み歩いたりした「楽しかったはずの記憶」が、驚くほど心に残っていない。表層的な快楽は、時間の経過と共に風化してしまっている。
対照的に、鮮明な色彩を持って蘇るのは、常に「仕事で冷や汗をかき、それを乗り越えた瞬間」だった。
一つは学生時代のインターンでの経験だ。
当時の私はPCパーツメーカーで営業をしていた。右も左も分からぬまま、地方のヤマダ電機へ飛び込み、店員向けの商品説明会を行うことになった。口下手でプレゼンなどできる器ではなかったが、必死に準備し、泥臭く言葉を紡いだ。
後日、店を訪れると「清水さん、全部売れましたよ。あのセミナーのお陰です」と言われた。あの時の、背筋が震えるような高揚感。自分の未熟な仕事が、他者の成果に変わった瞬間だった。
もう一つは、マイクロソフト時代の新卒1、2年目の記憶だ。
重要顧客をシアトルの本社へアテンドするツアーにて、上司が遅れ、私が一人で引率することになった。知識も経験も浅い若造が、必死の思いで準備をし、顧客と共にセーフコ・フィールド(現T-モバイル・パーク)でイチローの活躍を見学し、本社を案内した。
ツアーの終わり、遅れて合流した上司の前で、顧客のトップが私に歩み寄り、満面の笑みで握手をしてくれた。「一生に残る最高の経験でした」と。
その光景を見た上司が、まさに「鳩が豆鉄砲を食ったような顔」をしていたのを覚えている。上司の不安を、私の没頭が凌駕した瞬間だった。
若い頃の私は、無意識のうちに「仕事に魂を込める」ということを実践できていたのかもしれない。一心不乱さが、技術の不足を補っていたのだ。
翻って現在はどうだ。経験を積み、仕事はスマートになった。日々淡々とした小さな喜びはある。だが、あの頃のような「狂気」に近い熱量で、仕事に向き合えているだろうか。
経営者にとっての「作品」とは組織である
さらに思考を進めると、この「魂を込める」という行為は、職人だけの話ではないことに気づく。
マイケル・ガーバーの『E-Myth』の理論を借りれば、起業家(アントレプレナー)にとっての「作品」とは、商品そのものではなく、「会社(組織)」そのものである。
陶芸家が土に魂を込めて壺を焼くように、経営者は「会社」という作品に自分の魂を転写しなければならない。
「そこそこの経営者」と「名人の経営者」の違いはここにある。
名人が作った組織には、創業者の美意識、価値観、哲学が隅々まで浸透している。私が現場にいなくとも、社員の判断一つ、オフィスの空気一つに、私の「心の状態」が宿っている状態。それこそが、経営における「名人の仕事」なのだ。
今の私はまだ、自分の価値観を組織というキャンバスに描き切れていない。自分の心が整っていなければ、作品である会社が歪むのは当然の理だ。
「会社は、経営者の心の投影図である」
この冷徹な法則を、改めて骨の髄まで染み込ませる必要がある。
価値観という「血」を組織に流す
明日からは、単に実務をこなすのではなく、組織という作品を彫刻する意識で仕事に向き合う。
具体的には、自分の「判断基準」や「大切にしている価値観」を、より明確な言葉にしてスタッフと共有する時間を増やす。
ただの業務指示ではなく、「なぜそうするのか(Why)」という心の部分を語り続けること。
自分の心の状態を高め、それが会社という作品に美しく反映されるよう、私自身の「精進」を深めていく。
