「利他の心を判断基準にする」という項目を読み込んだ。

人間は、意識的なトレーニングを積まなければ、無意識のうちに本能――つまり「自分さえよければいい」という利己心(エゴ)で物事を判断してしまう。稲盛和夫氏は、この本能に打ち勝ち、高い次元の判断基準を持つことの重要性を説いている。

利他の心が判断基準になると、物事の本質が透けて見えるようになる。甘い儲け話の裏側にある嘘やリスクまでも見通せるようになり、欲望に足をすくわれることがなくなるのだ。「みんなにとって良いことだ」と確信できた時に初めて、商売は成立する。この鉄則が、私の心に重く響いた。

過去の失敗は「欲」が招いた必然だった

この章を読みながら、私は20代の頃の苦い記憶と対峙していた。

かつての私は、恥ずかしながら「儲け話」に弱かった。ネットワークビジネスに数十万円を投じたり、「これから開発される土地がある」という怪しげな投資話に乗ったりして、結果としてそれらすべてを失った(ロストした)。

当時は「運が悪かった」「努力が足りなかった」と自分を慰めていたが、今振り返れば、失敗の原因は明白だ。私は「価値」ではなく「金」しか見ていなかったのだ。「楽して儲けたい」という私の浅ましい利己心が、詐欺師やブローカーを引き寄せていたに過ぎない。

しかし、不思議なことに現在はそうした話が一切舞い込んでこない。それは私が賢くなったからというよりも、私自身から発せられる「オーラ」が変わったからではないか。

「ガツガツ儲けたい」という欲求は、ある種のフェロモンのように周囲に伝播する。今の私にはそのフェロモンがないため、怪しい話も寄ってこないのだ。「騙される側にも、騙す側を引き寄せる磁石がある」という事実に気づかされた。

利己心は「盲目」を作り、利他心は「視力」となる

ここから得られる教訓は、「利己心は目を曇らせ、利他心は視界をクリアにする」ということだ。

「自分が儲かりたい」というフィルターを通して世界を見ると、都合の悪い情報(リスクや嘘)が脳から除外されてしまう。逆に、「相手のためになるか」という利他の基準で見た瞬間、そのビジネスモデルに無理がないか、誰かが泣く構造になっていないかが、驚くほど鮮明に見えてくる。

商売において、自分だけが勝とうとするゲームは必ず破綻する。

「儲け話」とは、欲に溺れた人間にのみ聞こえる「破滅へのサイレン」なのだ。それが聞こえなくなった今の自分を、私は肯定したい。

全方位の幸福をシステムの設計図にする

この学びを、現在開発中の「コーチングポータル」にどう落とし込むか。

明日からの開発において、私は以下の問いを自分に投げかけ続けることを誓う。

「この機能は、コーチの事務作業を本当に楽にするか?」

「この仕組みは、ユーザーの人生を豊かにすることに直結しているか?」

もし、そこに少しでも「こうすれば運営側(私)が儲かる」というエゴが混じっていれば、その仕様は却下する。関わるすべての人――コーチ、ユーザー、そして社会――にとって「善きこと」であると確信できた機能だけを実装する。

それが遠回りに見えても、結果として最も長く、太く愛されるサービスになる唯一の道だと信じて進む。

投稿者 naokish

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