『京セラフィロソフィ』の「大胆さと細心さをあわせ持つ」という項目を読み進めた。

ここで説かれているのは、足して二で割ったような「中庸(バランス)」ではない。大胆さと細心さ、冷徹さと温かさといった、本来相反する極端な要素を、場面に応じて交互に、かつ極限まで発揮することの重要性が語られている。

稲盛和夫氏は、この矛盾を矛盾と思わせない「二重人格」のような振る舞いこそが、天才的な経営者の条件だとする。「人が良い」だけの社長は会社を潰す。時には社員を烈火のごとく叱り飛ばし(冷徹)、その直後に心からのフォローを入れる(温情)。この振幅の大きさこそが、組織を牽引する力となる。

あべこべになっていた私の「スイッチ」

この章を読み、私は深い反省の念に駆られた。

私の中に「大胆さ」と「細心さ」の両面がないわけではない。むしろ、その両方を持っているという自覚はある。しかし、致命的なのは、その「出力する場面」が完全に逆転しているという事実だ。

特に「お金」の扱いにおいて、その歪みは顕著だ。

本来、巨額の投資や大きな決断をする時こそ、石橋を叩いて渡るような「細心さ」が求められる。しかし、私は大きな金額を前にすると、気が大きくなり、「えいや」と大胆に(悪く言えば雑に)使ってしまう傾向がある。

逆に、日常の数百円、数千円の買い物や経費に対しては、必要以上に神経質になり、思考時間を浪費してスピードを落としてしまう。「細心」になるべき場所で「大胆」になり、「大胆」に決断すべき場所で「細心」になって動けなくなる。

これは、私のメンタルブロックの現れであり、経営者として非常に危険な「回路の配線ミス」であると痛感した。稲盛氏の言う「大胆かつ細心」とは、このスイッチの切り替えが適切に行われている状態を指すのであって、私のように暴走している状態ではない。

顕微鏡と望遠鏡の使い分け

ここから得られる教訓は、「事の大小と、心の倍率は反比例させるべきである」ということだ。

大きな物事(巨額の投資、事業の転換)に取り組む時こそ、ミクロの視点(顕微鏡)を持ち、緻密にシミュレーションを行う「細心さ」が必要だ。一方で、小さな物事(日常業務、少額決済)に対しては、マクロの視点(望遠鏡)を持ち、全体最適のためにスピード優先で「大胆」に処理しなければならない。

今の私は、顕微鏡で遠くの山を見ようとし、望遠鏡で手元の書類を読もうとしているようなものだ。これではピントが合うはずがない。「度胸」と「無謀」は違うし、「慎重」と「臆病」も違う。私はその定義を履き違えていたのだ。

金銭的判断の「逆張り」トレーニング

明日から、私は自身のお金の使い方に対して、意識的に以下の「逆張り」を行う。

  1. 「高い」と感じる出費の時ほど、臆病になる

    大きな金額(投資、機材購入など)を動かす時は、あえて自分の高揚感に冷や水を浴びせ、「本当に穴はないか?」と重箱の隅をつつくような細心さを強制的に発動させる。

  2. 「安い」と感じる出費の時ほど、雑になる

    日常の消耗品や書籍、少額のサービス利用に関しては、迷う時間をコストと捉え、直感で即決する「大胆さ」を自分に課す。

この矯正トレーニングを通じて、あべこべになっていた私の「経営者としてのOS」を正常な状態へと書き換えていく。

投稿者 naokish

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