今日も稲盛和夫氏の「京セラフィロソフィ」を読み進めた。今回のテーマは「成功するまで諦めない」こと。
稲盛氏は、体裁の良い理由をつけて自分を慰め、すぐに諦めてしまう弱さを厳しく戒めている。事業における成功とは、自らが目標とした規模まで到達すること。しかし、そこには重要な前提がある。それは「共生のフィロソフィ」という土俵の真ん中で相撲を取っていることだ。この盤石な前提があるからこそ、成功するまで粘り続けることが可能になるという。
精神論の裏側にある「ロジスティクス」
「諦めなければ必ず成功する」という言葉を聞いて、20代の頃、ネットワークビジネスにのめり込んでいた時期の記憶が蘇った。今思えば気恥ずかしい経験だが、当時ある成功者が語っていた「雨乞いの踊り」の話が、今の自分の中で稲盛氏の言葉と結びついた。
「ある村の雨乞いは、踊れば必ず雨が降る。なぜなら、彼らは雨が降るまで踊り続けるからだ」
当時はそれを単なる「根性論」として受け取っていたが、今は違う。登山を例に考えれば、その本質が見えてくる。頂上に着くのは一歩一歩進めば誰でも可能だ。ただし、それには「時間」と「備え」という圧倒的な余裕が不可欠になる。時間がなければ日没で遭難し、備えがなければ餓死する。
稲盛氏の言う「土俵の真ん中で相撲を取る」とは、精神論ではなく、この「十分な余力と準備」を指しているのではないか。
例えば、スティーブ・ジョブズがAppleに復帰しiMacで世界を熱狂させた時、彼はすでに1000億円近い個人資産を持っていた。生活が逼迫していないという圧倒的な精神的・経済的セーフティネットがあったからこそ、あのような狂気的な創造力を発揮できた側面は否定できないはずだ。
粘り強さは「燃料の量」で決まる
「諦めない心」とは、意思の強さだけを指すのではない。「諦めなくて済む環境を維持し続ける能力」のことだ。
どれだけ高く険しい山を目指そうとも、手元の食料が尽きれば下山せざるを得ない。根性で空腹は満たせないのだ。ビジネスにおける継続性とは、情熱というエンジンを回し続けるための「キャッシュ」と「時間」という燃料を、いかに土俵の真ん中で確保し続けるかという極めて現実的な計算の上に成り立っている。
比喩で言うならば、「無謀な特攻ではなく、兵糧攻めに耐えうる城を築いてから戦う」のが、真の「成功するまで諦めない」ということだ。
ダブルビジョンの徹底
現在、私は複数の新規事業を走らせている。これが可能なのは、既存事業が安定しており、そこに自分の時間をほとんど割かずに済んでいるからだ。
しかし、ここで新規事業の熱量に浮かされて本業を疎かにすれば、それは「土俵際」の危うい相撲になってしまう。私が成すべきは、以下の二律背反を両立させる「ダブルビジョン経営」である。
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既存事業(本業)の死守: 精神的・時間的自由を担保するための「補給線」として、盤石な状態を維持し続ける。
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新規事業(次世代インフラ)の追求: 補給が続く限り、雨が降るまで踊り続ける。
明日からは、新規事業のシミュレーションと同時に、本業が「私の不在」を前提にさらに強固になる仕組みを再点検する。土俵の真ん中を広く保つこと。それが、私が私の夢を諦めないための唯一の戦略だ。
