今日、盛和塾機関誌95号の続き、ロート製薬・山田会長(当時は社長)の経営体験発表を読み込んだ。
ロート製薬といえば誰もが知る国民的ブランドだ。しかし、2009年時点での売上が1100億円程度だったという事実に、私は少なからず驚いた。その知名度からしてもっと巨大な企業だと思い込んでいたが、実際は堅実な中堅規模であった。このギャップは、山田氏がまだ営業担当だった頃、来るべきドラッグストア時代を予見し、大衆向けマーケティングへ大きく舵を切った成果によるものだという。
特筆すべきは、同社が伝統的に営業利益率25%を誇る高収益・無借金の「超・高効率企業」であった点だ。
しかし、山田氏はこう述べている。
「効率的であることは無駄や失敗が少ない。しかしそれは、将来の糧となる経験(肥料)の不足にもつながる」と。
効率化の果てにある「静かなる死」
「効率が良い=善」という私の固定観念が、この言葉によって揺さぶられた。
ユニクロの柳井氏がかつて言っていたことを思い出す。「最も効率が良いのは、一つのキラー商品(例えばフリース)を作り続け、売り続けることだ」と。確かに、単一商品を大量に回すオペレーションは最強の利益率を生む。
しかし、時代が変わればその商品は陳腐化する。効率化を突き詰めるとは、すなわち「変化への対応力」を削ぎ落とすことと同義なのかもしれない。
我が社「仕組み経営」に置き換えてみる。
コーチング一本で回すのが最も利益率は高い。しかし、それだけでは環境変化で即死するリスクがある。現在進めているアプリ開発や研修プログラムの多角化は、一見すると非効率で「無駄」に見えるが、これこそが組織に免疫をつけるための必要なコストなのだと再認識した。
さらに、組織論における新たな対立構造にも気づいた。
マイケル・ガーバーは「職人・マネージャー・起業家」の3人格を提唱し、多くの中小企業は社長が「職人」から脱却できないことが課題だと説いた。しかし、ロート製薬のような中堅規模になると、問題はフェーズを変える。
組織の規律を守る「マネージャー」が増えすぎ、革新を生む「起業家」の人格を駆逐してしまうのだ。
「職人 vs マネージャー」の次は、「マネージャー vs 起業家」の戦いが待っている。これは私にとって大きな発見だった。
ファウンダーモードによる「魂の注入」
組織が大きくなれば、管理する人間が必要になる。だが、管理が得意な人間ほど、独創性や革新性を嫌う傾向がある。
ここを打破するのが、稲盛塾長が言う「正しきトップダウン」であり、最近シリコンバレー(ポール・グレアム)で再評価されている「ファウンダーモード(Founder Mode)」なのだと解釈した。
管理職に任せれば、現場は回るかもしれないが、仕事の「質」や「熱量」はどうしても平均化(低下)してしまう。
そこで創業者が現場に介入し、規律を正し、熱を注入することは、決して「任せられないダメな社長」の証ではない。むしろ、マネージャー人格によって希釈された組織のカルチャーを、原液に戻すための不可欠な工程なのだ。
効率という名の麻薬に溺れず、あえて泥臭い「失敗」や「介入」を選ぶこと。それが企業の寿命を延ばす唯一の道である。
「起業家精神」をOSに組み込むプログラムへ
明日からの具体的な行動として、現在開発中の「仕組み化プロフェッショナル実践講座(幹部育成コース)」のカリキュラムを見直す。
これまでは「仕組みを作るスキル(マネージャー人格)」の向上に主眼を置いていた。
だが、それだけでは大企業病を加速させる恐れがある。
ここへ新たに「社内起業家(イントレプレナー)としての視点」をどう植え付けるか、というセッションを追加する。マネージャーでありながら、いかにして起業家の魂を持ち続けるか。そのメソッドを体系化し、提供すること。
そして私自身も、現場の規律が緩んでいると感じたら、躊躇なく「ファウンダーモード」のスイッチを入れることを恐れない。「任せる」ことと「放置する」ことを混同せず、必要な時には深く鋭く介入する。それが組織を腐らせない防腐剤になると信じて。
