盛和塾機関誌(第96号)にて、京セラの元役員・明石康靖(あかしやすお)氏のインタビューを読み進めた。そこで語られた稲盛和夫氏の経営手法は、驚くほど実践的かつ戦略的だった。
まず、稲盛氏の「問題解決能力」について。明石氏がどんなに複雑な問題を相談しても、稲盛氏は即座にそれを「5つほどの単純な項目」に箇条書きで分解してみせたという。要素を分解することで本質が露わになり、自然と対応策が見えてくる。複雑なものを複雑なまま扱わない姿勢がそこにあった。
次に、1971年の「切削工具事業」への参入エピソードだ。西ドイツのダイムラー・ベンツの工場で、真っ赤に発熱しながら高速で金属を削るセラミック刃を見た稲盛氏は、参入を即決する。しかし、当時の京セラは完全な後発組。そこで取った戦略は、市場のわずか5%に過ぎない「セラミック」というニッチ分野からの参入だった。主流の超硬合金などで正面から勝負すれば既存メーカーに潰されるが、ニッチな隙間であれば「たいしたことはない」と黙認される。まさに「小さく生んで大きく育てる」戦略だ。
さらに、自社に営業部隊がいなかったため、代理店やその下の特約店を丁寧に組織化し、彼らを「外部の営業マン」として機能させた。人間的な結びつきを重視し、京セラの理念を共有することで販路を拡大していったのだ。
また、アメーバ経営における「マスタープラン」についても興味深い証言があった。対外的な発表は別として、社内的な目標は極めてアグレッシブに設定されていたという。実際には達成率60%程度でも、高い山を目指すことで組織のポテンシャルを引き出していたようだ。
私の経営課題への「完全な回答」
この章を読み、現在の私の事業が直面している課題への「解」が全て示されているように感じた。
まず、新規事業の立ち上げ方だ。現在開発中の「コーチングアプリ」や「仕組み経営」の普及において、私は真正面から市場を取りに行こうとしすぎていなかったか。京セラがセラミックという「一点」から突破口を開いたように、私もまずは特定のニッチな層、特定の機能から入り込み、そこからパートナーと共に面を広げていくべきだ。
特に「代理店・特約店の組織化」という話は、今の私に新たな視点を与えた。現在は「仕組み経営コーチ」という、ガッツリと指導ができる専門家を育てている。しかし、それだけでは裾野が広がらない。京セラが代理店だけでなく、その先の特約店とも関係を深めたように、私も「紹介パートナー」のような、よりライトな関わりができる層を制度化すべきではないか。
「コーチ(実務部隊)」と「紹介パートナー(拡販部隊)」の二段構え。これを、これからリリースするアプリを起点に構築すれば、爆発的な普及が見込める。
また、「アグレッシブな目標」についての記述には、正直救われた思いがした。私は常々、自分が高すぎる目標を掲げ、未達に終わることにジレンマを感じていた。「アメーバ経営は緻密で現実的である」という思い込みがあったからだ。
だが、あの京セラですら、社内では「届くかどうかわからない高み」を目指していたのだ。外部への公約(コミットメント)と、内部の挑戦(ストレッチゴール)は分けて考えてもいい。その事実は、私の背中を強く押してくれた。
経営とは「単純化」と「熱狂」の設計である
ここから得られる教訓は二つある。
第一に、「参入は『隙間』から、拡大は『味方』と共に」という法則だ。
後発が勝つには、大手が無視するような小さな隙間(ニッチ)に全力を注ぎ、そこで実績を作ると同時に、自社だけで戦わず他社のリソース(代理店網など)を自軍に取り込む外交力が必要となる。
第二に、「目標は『予測』ではなく『意志』である」ということだ。
達成可能な数字を並べるのは管理だが、未踏の数字を掲げるのは経営だ。60%しか達成できなくても、100の目標の60%(成果60)は、50の目標の100%(成果50)よりも大きい。無理だと笑われるくらいの目標がなければ、組織の筋肉は太くならない。
アプリを起点とした「パートナー制度」の再構築
明日から、私は以下の二点を行動に移す。
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「紹介パートナー制度」の設計
現在開発中のコーチングアプリのリリースに合わせ、既存の「認定コーチ」に加え、アプリを紹介・普及させる「アンバサダー(紹介パートナー)」の枠組みを設計する。彼らと人間的な繋がり(飲み会や勉強会など)を持ち、外部の営業部隊として組織化する道筋をつける。
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目標設定に対するメンタルブロックの解除
「達成できなかったらどうしよう」という不安を捨て、社内(自分自身)に対しては、引き続きアグレッシブな目標を掲げ続ける。対外的な信用を守るための数字と、自分を鼓舞するための数字を明確に使い分け、高い目標を掲げることへの罪悪感を払拭する。
