『盛和塾機関誌』97号。ページを開けば、そこには平成21年(2009年)当時の空気が保存されている。
稲盛塾長の寄稿文は、日経ビジネスからの転載であり、自民党から民主党への政権交代が成された直後の高揚感と期待が綴られていた。長きにわたる一党支配が招いた閉塞感と虚無感。それを打破するための「揺り戻し」としての政権交代。稲盛氏はそこに、日本の再生への希望を見出していた。
もちろん、15年後の「未来」を生きる今の私には、その後の結末が見えている。
民主党政権は、東日本大震災という未曾有の国難に対し、統治機能不全を露呈してしまった。結果、国民の信頼は地に落ち、政権は再び自民党へと戻ることになる。稲盛氏がJAL再建を引き受けた背景に民主党政権との深い関わりがあったことは周知の事実だが、私自身の政治的スタンスは保守であり、当時の民主党の政策全てに賛同していたわけではない。
しかし、ここで読み解くべきは政治的な左右の話ではない。稲盛氏が本質的に訴えていたのは、「一党独裁(長期政権)は必ず腐敗し、停滞する」という組織の普遍的な力学である。緊張感なき権力は、いかに優秀な組織であっても、その内部から腐らせていくのだ。
中小企業に巣食う「組織の癌」の正体
この「一党独裁の弊害」を、自分自身の経営現場に置き換えたとき、背筋が凍るような思いがした。国家レベルの話ではなく、中小企業のいち部署、いちチームの話としてあまりにもリアルだからだ。
過去の苦い記憶が蘇る。
創業期や成長期に成果を上げ、社歴が長くなった「特定の古参社員」に、特定の部門を完全に任せきりにしてしまったことはなかったか。
「あいつに任せておけば安心だ」という私の油断は、いつしかその部門を「治外法権」にしてしまった。
競争相手のいないそのリーダーは、次第に謙虚さを失い、奢り高ぶり、あたかも自分が法律であるかのように振る舞い始める。社長の方針よりも自分のやり方を優先し、部下には理不尽な厳しさで接する。結果、優秀な若手が辞めていく。
これが「組織の癌」だ。
恐ろしいのは、その癌細胞を生み出したのが、他ならぬ経営者である私自身の「怠慢」であるという点だ。「緊張感を持たせる仕組み」を作らず、安易に一人の人間に権限を集中させた結果、その人間を不幸な裸の王様にしてしまったのだ。
政治の世界で二大政党制が必要なように、組織運営においても「重要なポジションには常に複数の候補者を競わせる」ことが絶対不可欠である。それは社員を信じていないからではない。人間の弱さを知っているからこそ、彼らが「善き人」であり続けられるための、一種のセーフティネットなのだと痛感した。
機能的な継承と、精神的な継承
さらに記事の中で稲盛氏は、現代のリーダーたちの「質の変化」に警鐘を鳴らしている。
かつて明治の気骨ある先人たちは、古典に親しみ、人間としての「徳」を磨いていた。しかし戦後、実務能力だけで出世し社長になった「サラリーマン社長」たちは、機能的には優秀でも、人間的な魅力で部下を惹きつける力が希薄になってしまったという。
そして、多くのリーダーは「老害になってはいけない」と、早々に世代交代をして身を引こうとする。だが稲盛氏は言う。「ただ席を譲るのが交代ではない」と。
先輩として、若き世代に「思い(フィロソフィ)」を伝え切ること。それが済んでいないのなら、安易に引退してはならないのだ。
ここから導き出される私なりの教訓はこうだ。
-
権力の分散と競争: いかなる功労者であっても、聖域を与えてはならない。常に「代わりがいる」状態を作ることで、健全な緊張感と謙虚さを維持させる。
-
魂の伝承: 業務マニュアルを渡すことが引き継ぎではない。なぜ我々は働くのか、何のために生きるのかという「思想」を語り継ぐことこそが、リーダーの最後の、そして最大の仕事である。
40代からの「古典」と、次世代への「火種」
振り返れば、私が古典に本気で向き合い始めたのは、40歳を過ぎてからだった。
「知れてよかった」と思う反面、強烈な後悔もある。「なぜ、もっと若い頃に学ばなかったのか」。
見習い期間だった大学時代や20代の頃に、もしこの叡智に触れていれば、私の人生や経営はもっと違ったものになっていただろう。40代の今、仕事に忙殺されながら時間を捻出して学ぶ苦労を知っているからこそ、余計にそう思う。
だからこそ、私が今開発している「古典学習アプリ」には、単なるビジネスツール以上の意味がある。
これは、過去の私のような「迷える若者」への救済策であり、稲盛氏が嘆いた「徳なきリーダー」をこれ以上生まないための社会的な防波堤なのだ。
【明日への誓い】
-
組織へのメス: 社内の重要ポストにおいて「一人の人間に依存している箇所」を洗い出し、必ずサブリーダーや対抗馬を配置する計画を立てる。
-
語り部となる: 「わかってくれるだろう」という甘えを捨てる。自分の失敗談、そこから学んだ哲学、そして古典の言葉を、煙たがられてもいいから声に出して若手に伝えていく。
-
アプリへの魂の注入: 開発中のアプリを、単に知識を得る場ではなく、若い世代が「人生の指針」に出会える場へと昇華させる。そのために、私自身の「悔恨」と「願い」をコンテンツに色濃く反映させる。
一党独裁の安楽に逃げず、常に緊張感という風を組織に吹かせ続けること。そして、言葉を尽くして魂の火を次世代に移していくこと。それが今の私に課せられた使命である。
