今日も稲盛和夫氏の『京セラフィロソフィ』を読み進めた。今回のテーマは「心をベースとして経営する」というものだ。

稲盛氏は、人の心は極めて移ろいやすく、掴みどころのないものであると説く一方で、一度それが固まれば、これほど強固で信頼に足るものはないと断言している。京セラという巨大な組織が、この「目に見えない心の繋がり」を土台として築き上げられたという事実は、経営における真理を突いている。

システムへの逃避と、人間の意志への不信感

正直に言えば、これまで私はこの考え方にどこか反発を感じていた。私が「仕組み化」の重要性を説き、それを自らの指針としてきたのは、裏を返せば「人の心」という不確定な要素への不信感があったからだ。

「人には自由意志がある。だからこそ、心に依存する経営は危うい。属人性を排除し、誰がやっても同じ結果が出る仕組みこそが正解である」

そう信じ込み、仕組みを作ることで、心と向き合う煩わしさから逃げていたのかもしれない。しかし、今日改めて深掘りして考えてみると、その認識の甘さに気づかされた。人間が組織として共に働く以上、そこには必ず感情があり、魂の通い合いがある。それを無視して「仕組み」という機械的な枠組みだけを押し付けても、それは単なる「強制」に過ぎないのだ。

これまでの私は、仕組みを「人間を制御するための道具」として捉えていたが、それは大きな間違いだった。

仕組みを回す「着火剤」としての信頼

今回の内省を経て、一つの法則に辿り着いた。

「仕組みはエンジンの構造体であるが、心はそのエンジンを動かす火花である」

どれほど精巧に作られたエンジン(仕組み)であっても、そこに点火する火花(心の繋がり・納得感)がなければ、鉄の塊に過ぎない。

社長と社員の心が繋がっているからこそ、社員は仕組みの真意を理解しようとし、納得してそれに従う。そして、仕組み通りに動くことで結果が出て、さらにその仕組みと組織への信頼が深まる。この「納得のサイクル」が回って初めて、仕組み化は真の価値を発揮するのだ。

逆に、信頼関係という土台がない場所で仕組みだけを導入するのは、砂上の楼閣を建てるようなものだ。心が離れた状態では、どんな優れたルールも「自分たちを縛る鎖」としか映らない。

支配ではなく、共鳴のための仕組み作りへ

明日からは、仕組みを構築する際のアプローチを根本から変える。

ただ「効率が良いから」という理由でルールを提示するのではなく、その根底にある哲学や、共に成し遂げたい目的をまず共有し、心のベクトルを合わせることに時間を使う。

「仕組みで人を動かす」のではなく、「心が繋がっているからこそ、仕組みを使いこなせる集団になる」こと。自分の認識の甘さを認め、まずは自分自身が社員に対して、心を開き、信頼を置くことから再スタートする。

投稿者 naokish

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