京セラフィロソフィの「常に創造的な仕事をする」の項を深く読み込んだ。そこで稲盛和夫氏が求めているのは、単なる新製品開発といった派手な動きではない。掃除の仕方、装置の配置、事務処理の手順一つに至るまで、「昨日のまま踏襲しない」という執念だ。「今日は昨日より少しでもマシな方法がないか」を自らに問い続けることのみが、企業の未来を拓く。

心を打たれたのは、世界的企業3Mの創業のエピソードだ。彼は詐欺同然の取引で価値のない廃鉱山を掴まされた。しかし、そこで絶望して撤退するのではなく、「この石から何か生み出せないか」と食い下がった結果、サンドペーパーという世界的ヒット商品を生み出した。

零細企業が中小、中堅、そして大企業へと脱皮していくための唯一の手段は、魔法のような一発逆転策ではなく、こうした日々の創意工夫の積み重ねであると記されていた。

階段の踊り場で気づく「非連続な成長」の正体

この章を読み、私の胸の奥で燻(くすぶ)っていた仮説が、確信へと変わる熱さを感じた。

私は常々「仕組みには改善が必要だ」と説き、実践してきた。トヨタの「改善の積み重ねが改革になる」という言葉も知っていた。しかし、正直に告白すれば、心のどこかで「改善(カイゼン)」と「改革(イノベーション)」は別物だと思っていた節がある。改善は地味な修正、改革は天才的な閃きによるジャンプ、というように。

だが、自身の「コーチングポータル」開発の経緯を振り返った時、その認識が誤りだったと悟った。

私は最初からシステム開発を目指していたわけではない。既存の紙やPDFベースの「仕組み経営カリキュラム」を、どうすればもっと使いやすくできるか、どうすれば顧客が迷わないかと、泥臭い修正を繰り返していただけだ。その苦闘の最中で、ふと「これはWikipediaのようにリアルタイム更新されるべきではないか?」という着想が降りてきた。

つまり、現在の私の最大の武器となりつつある「改革(ポータル化)」は、地を這うような「改善」の延長線上に突如として現れたのだ。改善を極限まで積み上げた時、量的な変化が質的な変化へと転化する「臨界点」が存在する。私はそれを身をもって体験していたのだ。

かつての私は、現状を否定することを恐れていたかもしれない。「とりあえず回っているからいい」という怠慢がなかったか。3Mの創業者が「ただの石ころ」を「研磨材」と定義し直したように、視点を変えるだけで、目の前の景色は一変するのだ。

創造性とは「再定義」する力である

ここから導き出される教訓は、「イノベーションとは、遠くにある青い鳥ではなく、足元の泥の中に埋まっているということだ。

多くの人は、劇的な変化を外部環境や新しいツールに求める。しかし、真の創造とは、今あるリソース(たとえそれが無価値に見える鉱山であっても)を、執念深く見つめ直し、その用途や価値を「再定義」することから生まれる。

また、改善とは単なる微修正ではない。それは「事業の解像度を上げること」だ。解像度が上がれば上がるほど、今まで見えなかった「次のステージへの扉」が見えてくる。その扉を開けることが「改革」と呼ばれるものの正体なのだ。

市場の桁を変える「工夫」への挑戦

この気づきを、単なる納得で終わらせてはならない。明日からの行動指針として、私は以下を誓う。

第一に、現在取り組んでいる仕組み経営の事業を「完成形」とは見なさない。「中小企業向けのコーチング」という現在の枠組み自体が、まだ磨き上げられていない原石かもしれないと疑うこと。

第二に、ターゲット市場の「再定義」を行う。現在の中小企業向けモデルを、大企業向けの研修プログラムとしてリパッケージ(再定義)することで、事業規模の桁(ケタ)を一つ、いや二つ変える挑戦に着手する。3Mが鉱山を捨てずに加工したように、私も現在のノウハウを捨てずに、提供方法と対象を変える「工夫」を凝らす。

現状維持は、緩やかな死だ。私は明日も、今日の自分を否定し、新たな価値を創造するために泥をかき分ける。

投稿者 naokish

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