盛和塾機関誌97号の塾長講話「アメーバ経営はどのようにして誕生したのか」を読んだ。稲盛和夫氏がこの仕組みを編み出した背景には、二つの切実な動機があった。一つは、経理から上がってくる2、3ヶ月前の「過去の数字」では、刻一刻と変わる現実の経営には全く役に立たないという危機感。もう一つは、自分と同じ経営者意識を持つ「分身」を育成したいという願いだ。
また、松下幸之助氏の事業部制に学びつつも、自身の能力を謙虚に見定め、より小さな単位でなければ管理しきれないという判断から「アメーバ」という極小単位に行き着いた点、そして部門間の売買における対立を制御するために「フィロソフィ」が不可欠であるという構造が語られていた。
仕組みの「美しさ」と、導入を阻む「設計の壁」
アメーバ経営の本質は、あらゆるチームを「時間あたり採算性」という単一の指標で横並びに比較できる点にある。このシンプルさは、経営者にとって究極の効率をもたらすはずだ。しかし、そこに辿り着くための「社内売買」の設計、そして利害対立を乗り越えるための哲学の浸透は、想像を絶する難度であると改めて痛感した。
これまで自分は「仕組み経営」を標榜しながら、どこかで「複雑なものを複雑なまま」扱おうとしていたのではないか。稲盛氏が松下氏の背中を追いながらも、自分に合わせたサイズ(極小単位)へと再定義したように、私自身も既存のフレームワークを自社の、あるいはクライアントの等身大に合わせて再構築する必要がある。
抽象化された指標は、経営者の視界をクリアにする「眼鏡」である
どんなに優れた仕組みも、運用に莫大なコストや高度な専門知識が必要であれば、中小企業にとっては「重荷」でしかない。アメーバ経営という偉大な先例をそのまま模倣するのではなく、「時間あたり採算性」のような、誰が見ても一目で状況がわかる「共通言語」をいかに安価に、かつシンプルに設計できるかが勝負だ。
仕組みとは、人を縛るためのものではなく、現場の一人ひとりが「自分が経営者ならどうするか」を判断するための「判断基準」を提供するものでなければならない。
小規模組織に特化した「独自採算システム」のプロトタイプ作成
現在構築している「仕組み経営」のメソッドに、独自の独立採算制フレームワークを確立させる。まずは、恐ろしく大変だと予想される「社内売買の設計」を、もっとも簡略化した形でモデル化することから始める。
高額な導入コストをかけずとも、小さな会社が「今日、自分たちはどれだけの価値を生んだのか」をタイムリーに把握できる仕組み。これこそが、私が今、真に形にすべき「武器」であると確信した。明日から、この設計図の第一稿に着手する。
